EPISODE
分厚い雲の絨毯に覆われ、
高さが異なる多くの雨樋から滴り落ちる雨音が金属音のように冷たく
木霊するパリ、ベルヴィル中華街の坂道を僕は歩いていた。
雨宿りのために入ったワインショップでは、
天井まで届く高い商品棚を何人かが見上げながら立っている。
日本でもお馴染みの有名生産者や、
フランスの新参者と思われる奇抜なエチケットのワインなどの他に
イタリアや東欧諸国などのワインも陳列されており、時代の変遷を感じる。
パリでのワインのトレンドがどういうものなのか想像しながら見渡してみると、
あるワインが目に入った。
「サイコロ?」
いつかショイァマンとワインを飲んでいた時、彼がヨーナス・ゼッキンガーという近所の友人のワ インについて話していたのを思い出した。
イタリアワインはまだしも、
ドイツワインをパリで目にするなんで唐突で驚いた。
しかも、まだあまり知られていないはずのドイツの若手のワインだ。
パリでドイツワインを買うことに幾ばくかの違和感を感じつつも、何か素敵なものに出会えたような気がした。
後日、ゆっくりと嗜む。
多くの若手が集まるニーダーキエヒェンのワインと聞くだけでワクワクする。
ワインは、寒い冬に見るリンゴの木のようだった。
上品な果実味と弦のように張り詰めた酸味、硬質なミネラル は、
曇った寒い日に輝く赤い果実と樹皮を連想させた。
それでも感じられる輪郭の柔らかさ。
ショイァマンがSO2無添加ワインに慎重な態度を取りながらも、
ゼッキンガーを褒める理由が分かったような気がした。
その10ヶ月後、スクリーンを挟み、彼と対話する自分がいた。
ABOUT
ゼッキンガーは2012年に設立されたニーダーキエヒェンで最も若いワイナリーだ。エンジニアだった父親は趣味でブドウ造りを行い、
周囲のワイン生産者にブドウを販売していた。
現当主であるヨーナスと彼の兄弟は若い頃から畑で働くのが好きで、
高校卒業後はガイゼンハイムの醸造学校に通い始めた。
2012年までの何年かはガレージワインを造り、2016年にワイナリーとして本格的に稼働開始した。
まだ、ワイン造りを始めたばかりの頃はドイツ国内の生産者のみならず、
アルザスやジュラ、サヴォワ、ブルゴーニュなどのワインを積極的に飲み、インスピレーションをもらったという。
土壌、気候、畑やブドウ品種の特徴をより深く理解することで、ワインの質は毎年良くなり、
2012年に開始したビオディナミへの移行も2018年で終了し、
ワインは益々エネルギッシュになった。
そもそもニーダーキエヒェンは、モーゼルなどとは異なりワイン造りの伝統色が薄い。
そのため、過去10年間で多くの若い生産者が集まり、お互いが切磋琢磨できる文化が形成され始めているという。
にも関わらず、ブルゴーニュを思わせるグランクリュ相当の区画が多く残っているため、非常に注目に値する場所だ。
ワイン造りにおいては、畑における生物多様性を守り、土造りを大切にする。
プレパラシヨンの使用の他に、雹などがあるとカノコソウを撒き、ブドウ樹を落ち着かせる。
彼らの畑はハールト山地の東端に接しており、冷涼かつ地形が多様な場所だ。従って区画により ブドウ樹の生育は異なるため、畑における作業方法や収穫時期を変えたりする。
彼らにとってアルコール度数が12.5%を超えないとい うのも重要な基準だ。
また、この土地の土壌は主に粘土、雑色砂岩、レスから成り、
農作物はほとんどなんでも育つくらい肥沃な土壌だという。
そのため、グローセラーゲやエアステラーゲは石灰岩が占める山側に広がっている。
これからは、より人工的なものを排除したワイン造りを目指したいという。
ファルツには、ジュラやサヴォワ地方を想起させる偉大なポテンシャルがあり、
その発信源になれれば幸いだと語る。
基本データ
[国・地域]
Pfalz, Germany (ドイツ・ファルツ)
[地区]
Niederkirchen(ニーダーキエヒェン)
[代表者]
Jonas Seckinger(ヨーナス・ゼッキンガー)