EPISODE


春この地を訪れると、何故多くのドイツ人はバカンスシーズンにプロヴァンスやトスカーナに癒しを探し求めにいくのか不思議に思えてくる。

波打つ緑の丘とその間を流れゆく小川。森に囲まれ、至る所で花々が咲き乱れ、桃やイチジク、アスパラガスなどありとあらゆる果実や野菜に恵まれるファルツこそ人々の緊張した左脳に癒しの息吹を吹き込んでくれる大地のように見える。


 「ピノ・パラダイス・ジャーマニー」。ブルゴーニュに並ぶ一大ピノ産地として注目が集まるドイツのピノ品種を巡るツアーに参加してようやく迎えた最終日。これまでいくつものワイナリーを訪問してきたが、胸が高鳴るワインには残念ながら出会えなかった。未だにバリックがうなるピノ・ノワールは、猛スピードでアウトバーンを駆け抜ける逞しいドイツ車を彷彿させる。ファルツやバーデン州の丘陵は確かに美しいが、ここはボルゲリではない。

 ツアーで多くの生産者を訪問するうちに漠然とドイツのシュペート・ブルグンダーに対する偏見のようなものが出来始めていた。


そしてやってきたフランス国境に接する街シュワイゲン。当主のヨハネス・ユルグはどこか忙しそうだったが、気さくで爽やかな男性だ。

「いいピノはブルゴーニュで造られる。それは否定できない。だから僕もブルゴーニュに潜りこんでその造り方を学んできた。」

当主のヨハネス・ユルグがそう言って注いでくれたワインはブルゴーニュではなく、彼のドイツ人として誇りを感じさせるシュペートブルグンダーだった。

「クロ・デ・ランブレイで痛感したのは、土壌が如何に重要なのかということ。そして造り手がブドウにとっての最適な介入の仕方を見極めることなんだ。ここシュワイゲンの土壌はブルゴーニュに似た石灰岩土壌で上質なワインを生み出す条件は揃っている。けれど僕らはここでブルゴーニュワインを造りたいわけじゃない。この土地のサインが刻まれたワインを人々に届けたいんだ。」

彼のゼクト、リースリング、そして他のピノ品種にも彼の実直な性格が表れていた。石灰がもたらす凛と張り詰めた味わいをこの長閑な田園風景が少しほぐしてくれているような味わいだ。


ワインも初対面の僕らもリラックスし始めた頃に聞いてみた。

「このワインを日本に紹介してみたいと思うんだけど。」

彼は、まるで大海原を見つめる龍馬のような目をして僕を見た。

「日本、か。」



ABOUT


ヨハネス・ユルグは、現在世界で注目を浴びるドイツのシュペートブルグンダー生産者の若手の代表格として広く認知されるようになった。

「ブルゴーニュに学ぶことは非常に多いけれども、ドイツのシュペートブルグンダーは独自のスタイルを築く必要がある。」

と話す彼は、ドイツのピノ・ノワール(以下、ピノ)の将来に大きな期待を寄せる。


「よく言われているようにピノはテロワールを忠実に表現する品種で、
ドイツの生産者はそれぞれの土地が持つテロワールをより正確にとらえ、それを表現するワイン造りをすべきだと思う。

ドイツは非常に冷涼な気候で、そこではブルゴーニュや今注目されているオーストリアとも異なる、
柔らかさもありつつ上品なピノができる良い条件が整っている。

あとは、皆がより経験を積み、意見交換などを通じて切磋琢磨していけば、
近い将来ピノの有名産地として広く受け入れられるはずだと思う。」


ドイツでピノの栽培が盛んになったのはごく最近の話で、
国内には、収量が多くキャンディーのような香りが出やすいドイツのクローンが未だに多く植えられており、それがドイツのピノの味わいとして定着している。

ユルグでは、一部の樹齢が高いドイツのクローン以外はほぼ全てブルゴーニュのクローン。
収量は大幅に下がるが、凝縮度が高く複雑な香りを出すブドウが収穫できる。

また、ドイツでバリックなどが導入されたのは90年代とこれもまた最近の話であり、
そのため高品質なシュペートブルグンダーを造り出す醸造に関してのノウハウが国内であまり共有されていない。


その中で、フランス国境沿いに位置するユルグはフランス国内にも畑を所有しており、フランスの伝統的なピノ造りから多くを学べる立場にある。ブルゴーニュより遥か北東に位置するシュワイゲンだが、ハールト山地の東端に南東向きに伸びる石灰の丘は、まさにコート・ドールを思わせる。


「この土地のテロワールをある程度理解するまで数年かかり、それをワインに反映させるのも簡単ではなかった。

けれど、毎年理解が深まりワインの質も上がっている。
ハールト山地東端の丘は日照条件も良く、ブルゴーニュを思わせる石灰質土壌。
シュペートブルグンダーにとって非常に恵まれた土地だと思う。」



WINERY


ユルグは初代オスカー・ユルグが1961年に創業したワイナリーでファルツ州のシュワイゲンに拠点を置く。

当時彼が掲げていた目標は、甘口よりもドライ、量より質、
フランスワインの持つエレガンスを体現するワインを造ることであった。

当時、畑にはブルゴーニュから持ち帰った苗木が植えられ、現在それらの畑は平均樹齢60年を迎える。
所有する畑の土壌は主に石灰岩と赤色砂岩からなり、
石灰土壌にはピノ・ノワールを植え、リースリングやその他の品種は赤色砂岩の土壌に植えられる。


現当主のヨハネス・ユルグはオスカーの孫であり、
彼はファルツ、ラインヘッセン、ナーエ、モーゼル、アールの
トップワイナリーで計7年間修行したのち、
ブルゴーニュのモレ・サン・ドニに位置するクロ・ド・ロンバレで働いた経験も持つ。

全体のブドウ畑の60%はフランス国内に所有しており、残りの40%はドイツ国内にある。

1871年にアルザスがドイツ領となった際、
多くのフランスのワイン生産者はドイツ領で生活をしたくなかったため、
土地をドイツ人に売って移住した。

1918年にアルザスは再びフランス領となったが、
ドイツ人には継続してワイン畑を所有する権利があった。
そのためユルグも両国にブドウ畑を所有している。

基本データ

 [国・地域]
Pfalz, Germany (ドイツ・ファルツ)

[地区]
Schweigen(シュヴァイゲン)

[代表者]
Johannes Jülg (ヨハネス・ユルグ)

[栽培面積]
20ha

 [年間生産量]
200,000本


WINE LIST